生まれて初めて母親に反論したら自信がついた
生まれて25年間母に反論したことがなかった
絶対王政の母親政権
前回の記事にて軽くご紹介させていただいたが、うちの母親は虐待親で毒親だった。
母の意向に従わなければ、殴られ蹴られ、皿が飛んできて、食事は没収され、屋根裏部屋に閉じ込められて反省文を書かないと出してもらえなかった。そんな環境の中で15歳になるまで過ごした。
そんな恐怖政治下で、反論を言うことは「死ぬ」こととほぼ同じこと。
どんなに正しい意見であっても、反論すれば「制裁」が待っている。
母が家を出て10年経過して、虐待もなくなり、会う頻度も年に1~2回程度になった。
生きづらさもだいぶ解消されてきていたが、未だに母親に自分の本音を言うことはできずにいた。
それがつい1か月前、生まれて初めて母親に反論することに成功した。
生まれて初めての反論
転勤から2年ぶりに地元へ帰ってきた
私の出身は関東だけど、実は先月まで転勤のため大阪に住んでいた。
大阪には1年いたけど、その前も転勤で別の場所へ住んでいた。
なので入社してから退職するまで2年間、地元から離れて暮らしていた。
久しぶりに実家に帰ってくるということで、友人や家族には連絡を入れていた。もちろん母にも。
毒親母のLINEの内容
引っ越しが完了して翌日、母から怒りのLINEが届いた。
アホみたいに長文すぎるので要約すると、
・「無事に戻りました」の報告がない
・こっちは退職の相談のってやったのに
・御礼と進捗の報告を入れるべきだ
・礼儀を教えてあげられるのは私しかいない
・これからも私がどうしようもないあなたを矯正してあげるからね
こんな感じの内容だった。
うーん、控えめに言ってもやばすぎる。特に最後。
ちなみに自分で言うのもあれだが、そこまで礼儀知らずな性格ではないと思う。
私の反論 小さな革命
こんなにキチガイじみた母に対しても、今までは「ごめんなさい気を付けます」と返していた。どんなに言葉の内容がおかしくても疑問を持たずに生きてきた。
だけど今は違う。
明らかに彼女の言うことはおかしいし、子どもを洗脳して自分の支配下に置こうとしているのがハッキリ分かる。
もう二度と洗脳されたくない。私は自分軸で生きる。自分の考えがある。
母の言うことに従わなくても、沢山の友人に囲まれてる。その人たちを自分で愛することができるようになった。
もう母の言うことにへこへこする必要はない。母なしでも生きていける。
恐怖政治はとっくに終わってるんだ。
自由は既に選択肢の中にある。選ぶかどうかは、自分次第だ。
「ママ、おかしいよ」
震える手で文字を打ち込んだ。
心臓が張り裂けそうなほど動悸は激しくなり、冷や汗でスマホが滑る。
もう母とは離れて暮らしているのに、不安で怖くてたまらなかった。
私はおかしくないよね?反論してもいい案件だよね?
友人に何度も励ましてもらって、自分の正しさを確かめる。
他人から見たら、小さな小さなことだろう。
だけど15年間私を殴り続けてきた相手、一度も対等に話せなかった支配者。絶対的権力を持った神。
神にたてついたらどうなってしまうのだろう?
LINEで一言すら送るのが怖くて怖くて仕方なかった。
数時間かけて、ようやくLINEの「▶」アイコンをタップすることに成功した。
真の自由と自信が手に入った気分
圧倒的開放感
数時間かけて送信。
なんだろう、この開放感は・・・!
重い重い足枷を、えいっと外して大空に向かって初めて羽を広げて飛び出したかのような軽やかさ。
感じたことのない圧倒的開放感。
わたしは、自由な個人なんだ!
そこからは、感じたことを一気に書き連ねて連投LINE。
成長した私は心に余裕をもつことも出来ていた。
母を傷つけたいわけではない。今までの生きづらさに対して責任を取れと迫りたいわけでもない。
淡々と今起きた出来事に対してのみ、感じたことを書き連ねた。
あくまで穏やかな口調で、なぜどうしてそう思ったのかを丁寧に書いた。
母の努力や苦労も分かっているよ、だけど私はこう感じるんだよね、と労いながら。
攻撃したいわけじゃなかったし、あくまで一個人として対等に意見を述べたかった。
そして母にも成長してほしかったから、受け入れやすい言葉を選んで発言していった。
まさかの結果、意外な母の返信
どんな返信が来るのか分からなかったが、どうだってよかった。
だって生まれて初めて言いたいことが言えたのだから!
めちゃくちゃに怒り狂って返信してくるだろうと予想していたが、母からの返信は意外なものだった。
「そうだよね、ごめんなさい。」
「私は人に求めすぎていた、人に対して自分の望むように返してほしいと思っていた」
「私には自分をはき違えているところが多分にある、これからは精神的に自立できるようにがんばります。」
「指摘してくれて、本当にありがとう。」
まさかの衝撃的展開に驚いた。
絶対唯一神が、神ではなくなった。
ただ、しばらくは距離が必要だと感じて、しばらく連絡を取るのをやめようと返信して終了。
自分に余裕があるからこそ
たぶん自分に余裕がなかったら、とても攻撃的な口調で母を責めていたと思う。
媚びるでもなく攻撃するでもなく、相手と自分に配慮しながら意見することができて、母が低姿勢に変わってもこちらは態度を変えることなく接することが出来たのは、私が自分に余裕ができてきたからだと感じた。
10年間黒歴史を重ねながら(笑)、もがいてもがいて必死に勉強しながら積み重ねてきて獲得した精神的自立。まぁまだまだなんですが…汗
そうして少しだけ手に入れることのできた余裕で、心乱されることなく、母の言葉に冷静に対処することができたのだと思う。沢山の回り道も、決して無駄じゃなかった。
この出来事が起きた後も、精神的不安になることなく日々充実して生活することができている。
今まで積み重ねてきたことを確かめる試験のような出来事だった。
試験は良い得点で合格できたんじゃないかと思っている。
自分の努力ももちろんあるとは思うけど、それ以上に支えてくれた友人や本のお陰。
これからも友人には感謝しながら生きていきたい。
小さなLINEのやりとりだったが、この出来事で自分の成長を実感できて、本当に良かった。
明日も友人と仕事に感謝。
ありがとう。ではでは~
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